文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

京都について〜旅行とは何か〜

平安時代はもちろん、江戸時代にも街に車道はなかった〜

 

今週は私用で京都に行ってきた。

 

4年ほど関西に住んでいたこともあり、京都にはよく行っていたがその時と比べて変わっていたところもあった。

 

今日はそんな私の旅行記をつらつらと連ねたいと思う。

 

目次

 

京都駅について

以前から、京都駅の階段がすごいと聞いていた。

 

階段がすごいという意味がわからなかったため今までスルーしてきたが、流石に一度は見ておこうということで行ってきた。

 

結論すごかった。

 

具体的にいうと、LEDライトでイルミネーションが施されていた。

 

どこまでもつながる階段をなんとか有効活用しようと考えたのだろうか?

 

ただのなんの変哲もない階段であったはずだ。

 

しかも、あれだけ長い階段を下から見ると、コレを登るのかと、相応の絶望感があっただろう。

 

しかし、その階段をイルミネーションの装置にしてしまっている。

 

マイナスをプラスにしている!

 

コレにはあっぱれという他ない。

 

個人的には、永遠に続くエスカレーターにも感動した。

 

 

京都の奥座敷について(鞍馬寺貴船神社

京都1日目は私用でつぶれた。

 

強いていえば前述の京都駅の階段に行ったくらいである。

 

(どうも私は、時系列に旅の工程を述べるのは苦手なようだ。)

 

2日目は自由時間があったため、かねてから行ってみたかった鞍馬寺に行った。

 

鞍馬寺はそこそこの山を登るため、「行こうと思っていたがなかなか行かず、結果行けずじまいだった」というところだろう。

 

たまたま行った日はケーブルカーの点検があったため、図らずも鞍馬駅から登山開始となった。

 

何よりも階段が辛かった。

 

普段からそこそこ散歩をしている自負はあったが、傾斜のついた道を歩くのはなれていない。

 

なんやかんやで本殿についてが、とても厳かな雰囲気だった。

 

以前、歴史は好きではないと書いたことがあるが、鎌倉殿の13人を観て以降、鎌倉時代には興味がある。

 

(こうやって、面白い作品に触れ続ければ歴史が好きになっていくのだろうか?)

 

義経もここで修行をしていたのかと思うと、時間とはなんだろうという至極普通の疑問を覚えた。

 

(以前から時間が存在するかについては記載していますので、よろしければ覗いて見て下さい)

 

鞍馬山を一周して、貴船神社の近くに降りた。

 

あたり一面、外国の方ばかりでびっくりした。

 

川床料理も堪能できて、貴船を満喫した。

 

 

田舎者について

かなり話は変わるのだが、田舎から友達が遊びにくるときにご飯はどこに連れて行けばいいのか問題というものがあると思う。

 

しかも、かなり根深いものだと思う。

 

個人的なおすすめは、その人が住んでいる地方にないチェーン店である。

 

都市部に住んでいる方は少し凝ったところに連れて行きたいと思うだろうが、田舎者にはチェーン店の方が嬉しいし、思い出にもなる。

 

関西であれば、鶴橋風月なんかがおすすめだ。

 

関東であれば、二郎一択であろう。

 

 

旅行について

前章と被る部分があるが、旅行の醍醐味は自分の住んでいるところとは違う空気を吸うことができることだろう。

 

ただし、私は一点だけこだわりがある。

 

それは、旅先で文化を味わいたければ、その土地のチェーン店に行くべきというものだ。

 

たとえば、お城やお寺をはじめとした観光地は歴史を感じられるだろう。

 

その街自体も、上記の歴史の上に積み重なったものであり、過去出来事と今の自分を結んでくれるだろう。

 

しかし、今のその旅先の文化を知るためには、その旅先の人が今実際に食べているものを食べるのが良いのではないか?ということである。

 

そのため、私は旅先でスーパーに行くし、できればラーメン店にも行く。

 

貴船の川床でしっかりと味のついたおばんざいを食べているときにそんなことを思った。

 

 

続旅行について

ちなみに、私は商店街にもできれば行くようにしている。

 

どんな喫茶店があり、どんなチェーン店があるのかをざっと見る。

 

この近くで生まれたら、どんな学生時代を過ごしたのだろうと妄想したりもする。

 

歴史的なスポットを回るときは、車道がなければこの街はどんな風貌だっただろうと妄想したりもする。

 

特に京都は自動車があるのとないのでは、全く違った街になるだろう。

 

 

二条城について

最終日は二条城に行ってきた。

 

豪華絢爛なお城であった。

 

と同時に、ここで大政奉還が行われたのかと思うと、極めて切ない気持ちになった。

 

当時の人にとって、大政奉還はどれほどの出来事だったのだろうか?

 

ちなみに二条城にも海外の方がたくさんいた。

 

彼らは二条城を見て、どんなことを思うのだろう?

 

我々がノイシュバンシュタイン城を見た時と同じような感情を抱くのだろうか?

 

 

最後に

7月は京都のためにあると言ってもいいだろう。

 

もちろん祇園祭があるからだ。

 

祇園祭もまた、人が多いからと行かずじまいであった。