文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

ジブリについて〜意味のない忙しさ〜

〜心に余白がなくなることを、人は忙しいという〜

 

最近忙しいからか、愚痴のような日記が多くなっている。

 

いや、日記自体が少なくなっているため、愚痴のような日記の割合が増えているというべきか?

 

ともあれ、私は忙しいというのは理由にならないと考えている。

 

忙しいには、何々にどれだけ時間がとられている、という事情があるのだろう。

 

しかし、最終的には今はやらなくてはいいや、であったり、これでいいやという判断がなされている。

 

前者はやむを得ないだろうが、後者は言い訳できない。

 

早速愚痴っぽい流れになっている。

 

今日のテーマはトトロである。

 

理由は、トトロの季節だからである。

 

 

トトロか、トトロ以外か

なぜ夏にトトロなのだろう。

 

もっと言えば、なぜ夏にジブリなのだろう。

 

そんな声が森の方から聞こえてきた。

 

さっと考えたところ、トトロまたはジブリでなければならない理由はいくつかある。

 

今日は、こういったところを思いつきで綴っていこうと思う。

 

もし可能であれば、みあなさんも考えてもらいたい。

 

ちなみに、今日日記を書こうと思ったのは、今日の大河ドラマの影響もある。

 

 

ジブリが与えてくれるもの

ジブリ作品には、ノスタルジックな雰囲気があると思う。

 

これは、お盆に実家に帰る方には特に刺さるだろう。

 

ジブリ作品は都会人に、田舎の空気を与えてくれる。

 

その意味で、ジブリは田舎への、そして過去への旅行とも言えるだろう。

 

 

テレビが創り上げた夏の季語「ジブリ

夏休みといえばジブリと言われて久しい。

 

毎年ジブリ作品が夏休みに放送される。

 

そう考えると、テレビ局が「ジブリ」を夏の季語に昇華させたといってもいいだろう。

 

ちなみに、名探偵コナンは新作が発表される「春の季語」である。

 

コナンの映画は爆発が多い。

 

コナンのスピンオフにはビルの爆発を見て「春じゃのう」とアガサ博士が呟くシーンがある。

 

コナンはビジネス由来の季語であるのに対して、ジブリは雰囲気由来の季語であるとも言える。

 

 

アニメの客層

牛丼屋さんには、男性が多い。

 

カフェには女性が多い。

 

このように、客層というものがあるが、これはアニメをはじめとした作品にも当てはまる。

 

夏休みにテレビで視聴率をとるには、誰に見てもらう必要があるか?

 

まずは、お父さんとお母さんであろう。

 

そして、子供達であろう。

 

おじいさんおばあさんも見てくれると嬉しい。

 

ようは全員である。

 

なんだ、結局全員か!という声が聞こえてくるが、逆に問う!他にこんな作品があるだろうか?

 

 

アニメターゲット理論

男性、女性、男の子、女の子に分けられる。

 

まずはディズニーである。

 

これは、女性、女の子に絶大な人気があるが、男性、男の子に刺さりにくい。

 

次にクレヨンしんちゃんである。

 

これは、女性に刺さりにくい。

 

次にドラえもんである。

 

これは、わからない。実は私はドラえもんを見たことがない。アニメも映画も見たことがない。

 

トトロを見たことがないよりも、すごいのではなかろうか?

 

最後にコナンである。

 

コナンは刺さる方が多いが、そもそも殺人事件の物語である。

 

お盆周辺に放送することに、疑問が生じる。

 

他に、細田守監督や新海誠監督の作品もあるが、前者は女性、女の子に、後者は男の子、女の子に刺さりにくい。

 

必然的に、ジブリ一択となる。

 

 

なぜジブリはみんなに刺さるのか?

これは簡単で、女の子が主人公だからである。

 

以上。

 

とはならない。

 

ジブリの主人公が女の子であることには大きな理由がある。

 

これは、女の子目線でのストーリーにするためであろう。

 

これはあくまで仮説なのだが、ジブリのストーリー自体は男の子向けであることが多いと思う。

 

ナウシカにしても、ラピュタにしても、内容的にはドラゴンボールに近いと思う。

 

個人的に、初期のドラゴンボールのブルマも同じような役割を持っているような気がする。

 

ナウシカが男の子だったら、ラピュタの主人公がパズーやバルスだったら、女の子に刺さらなかっただろう。

 

さつきとめいも、みなずきくんとじゅんくんであれば、女の子に刺さらなかっただろう。

 

魔女の宅急便の主人公がトンボであれば、「魔女のご近所さん」となり、やはり刺さらなかっただろう。

 

ジブリとはいわば、仮面ライダープリキュアを合わせたような作品であろう。

 

 

全員に刺さらないジブリ

たとえば、猫の恩返しは女子に人気があるだろう。

 

これは、主人公が女子高生であるという、ほんの少しのテイストの違いである。

 

男の子に受けない。

 

仮に、小学生ぐらいの女の子が主人公であれば、どうだっただろうか?

 

千と千尋の神隠しの主人公が、バルスだったらどうだろうか?

 

誰にも刺さらないどころか、単なる社会派の物語になるだろう。

 

紅の豚は、主人公がおじさんなので、女の子に受けない。

 

仮に、主人公が女の子であれば、どうだっただろうか?

 

それは、魔女の宅急便や、ハウルの動く城とほとんど同じになるのではなかろうか?

 

 

私がジブリを作ったなら

私であれば、どんなジブリ作品を作るか考えてみる。

 

主人公は前述の通り、女の子である。

 

おそらく、舞台は田舎である。

 

ノスタルジックでかつロマンがあるところでなければならない。

 

そして、現実的な話ではなく、ファンタジーでなければならない。

 

しかもそのファンタジーは、特に我々が夢見るものではなく、恩恵はわからないものの存在するものでなければならない。

 

言い換えると、実用的ではないまたは意味のないファンタジーでなければならない。

 

極めて難しい。

 

空の上のラピュタ風の谷のナウシカ、森の中のトトロ、崖の上のポニョ、海と空の豚および魔女。

 

やはり難しい。

 

意外とジブリの本質は、田舎という場所と、実用的ではない不思議というのがテーマなのかもしれない。

 

何も思いつかないのは、我々が実用的ではない不思議を、思いつけないからかもしれない。

 

最近のジブリ作品もそうなのかもしれない。

 

 

 

私の日記について

この日記は、はてなブログという田舎で書いている。

 

そして残縁ながら、実用的ではない。

 

そして、ロジックに乏しく、不思議な日記であろう。

 

その意味で、この日記自体がジブリである。

 

ノスタルジックさがないのは、今の言葉を使っているだろう。

 

文全体を方言や昔の言葉で書けば、ノスタルジックさも出るかもしれない。

 

そればかり、試さずとわからず。

 

 

最後に

皆さんは、なぜ夏にジブリだとお考えだろうか。

 

最初の方に、みなさんも考えて欲しいと記載したが、考えていただけただろうか?

 

それとも、忙しくて考えれなかっただろうか?

 

忙しいは理由にならない。

 

心の余白こそが、あなたをジブリ作品にする。

 

 

今日も、読みていただきかたじけなく候う。