文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

2024年の総括

アンパンマンの友達が愛と勇気だけなのは、いろんな顔を持ちすぎているからである〜

 

 

今日は久しぶりに総括の日記である。

 

仕事が忙しくて後半はあまり日記が書けなかった。

 

というと完全に嘘で、ある程度ネタが尽きてきて、高頻度で日記を書けなくなった。

 

その意味で、クリエイティビティの高い仕事をしている方は、大変なのだろうと改めて思った。

 

個人的にもっとも実感したのは、これはシリーズ化できる!!と思ったものがあったとしても、おそらくは第一回を超えることはできないということである。

 

どんなに面白くても、「第二回」は確実に品質が落ちる。

 

思いつく例外は、バイオハザードぐらいか。

 

 

2024年にできたこと

今年の目標のフィードバックからである。

 

まず、会社の試験については、ある程度の結果が出た。

 

今年立てた目標で、唯一達成できたと言ってもいい。

 

それくらい自分にとっては大事なことであったので、この一つだけで今年は充実していたとも言える。

 

趣味のゴルフでは何とか100を切ることができた。

 

また、思いっきり追い風ではあったが、ドライバーで300ヤードも飛ばせた。

 

とてもいいことだ。

 

 

2024年にできなかったこと

一番できなかったことがダイエットである。

 

全く痩せない。

 

こんなにも痩せないものか。

 

ジムに行っているが、体重が落ちないのは、おそらく甘いものばかり食べているからだろう。

 

2025年こそは、もっとシャープになりたい。

 

 

社労士の勉強に関しては、全くできなかった。

 

まあこれは仕方がないと割り切ろう。

 

そもそも、社労士への興味が薄らいできた。

 

 

ブログに関しては、前述の通りあまり更新できなかった。

 

正直、頻度よりも質という言葉があるが、私はこれを採用しない。

 

本当に充実しているときは、思いついたことを雑に書き連ねても、それなりの質は担保出来る。

 

忙しいと、そもそも何も思い浮かばないため、量はもとより質も担保できない。

 

よって、頻度と量はトレードオフの関係ではなく、完全に正の相関関係があると考える。

 

ここでいう充実とは、ブログについての充実であり、ブログのテーマを深掘りするという意味である。

 

よって私は全てが充実していなかったわけではなく、特に仕事で充実していたということを強調しておく。

 

もっともこれは、仕事が忙しくてブログが更新できなかったということと同義になる。

 

 

読書については、あまり本を読めなかった。

 

おそらくこれが原因で、あまりブログを更新できなかったのではないかと考えている。

 

月に1冊程度しか読めなかった。

 

読書に関しては、量より質を採用している。

 

新品で買った本でも、2章までにハッとする内容がなければ、それ以降は読まない。

 

一種の時短であろう。

 

 

投資に関しては、わずかにプラスとなった。

 

これだけいい相場でわずかなプラスというのは、自分に投資の才がないことを意味していると感じる。

 

 

2024の総括

仕事面では、試験で結果を出せたた。

 

特に体調を崩すこともなく、日常を過ごせた。

 

2024年1月1日の地震は予想外であったものの、おおむね充実した一年であった。

 

 

今年読んだ本でもっとも面白かったのは、「舟を編む」である。

これは読み方が良かった。

 

barbar.hatenablog.jp

 

 

今年もっともよく聴いた曲は、omoinotakeの「幾億光年」である。

ゴルフの練習場でずっと流れており、今でも打席につくと頭の中で勝手に流れてくる。

 

今年もドラマは何も見なかった。

過去の作品でいうと、PSYCHO-PASSの映画プロビデンスが面白かった。

 

今年もっとも自信のある日記は『銀河鉄道と宇宙戦艦』である。

 

barbar.hatenablog.jp

 

 

2024年に点数をつけるとすれば『80点』である。

 

昨年は『30点』であったので、今年はいい一年になったと思う。

 

来年は今年と同じくらいいい年になればいいと思う。

 

 

最後に

1年ぶりに昨年の「2024年の目標」という記事を見たが、テーマを「自分を客観視する」としたようだ。

 

barbar.hatenablog.jp

 

 

我ながら興味深いテーマを設定している。

 

今年は自分自身を客観視できたかどうかわからない。

 

おそらくこれからも、自分を客観視できるかどうかはわからない。

 

これは、客観視できたかどうかを、自分一人で振り返ることができないからである。

 

よって、「自分を客観視する」という目標自体が悪かったと思う。

 

そう思える程度にこの一年で自分は変化したと思うが、良い変化なのか悪い変化なのかは、客観視できない。

 

 

明日は2025年の目標を書きます。

本年もありがとうございました。