文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

久しぶりの日記 

随分と久しぶりに日記を書いている。

 

今日日記を書こうと思ったのは他でもない。

最近仕事で、誤字や脱字、文書の表現のわかりにくさを指摘をされたからだ。

 

私は元々言葉足らずなことがある。

また、言葉足らずを指摘されると、これもあれも説明したほうがいいのではないかとってしまい、結果としてグチャグチャな文章になる。

 

そのためしばらくは文書を書くという作業をしようと考える。

 

テーマはいい文書は何か、である。

 

 

昔、取材・執筆・推敲という古賀史健さんの本を読んだことがある。

あまり詳しいことは覚えていないが、確か推敲にかなりの時間を費やすことが、いい文書を作るコツだったような気がする。

 

思えば、私は最近推敲が雑になっている。

明日の仕事からは、推敲をしっかりしようと思う。

 

昔、京極夏彦さんは、読者に読みやすいように執筆をされていると、何かで見たことがある。

それも試してみる価値があるかも知れない。

もっとも、京極夏彦さんの書籍を読んだことがないので、真偽のほどは定かではない。

 

皆さんにとて、わかりやすい文書とはなんなのだろうか?

例えば、どれだけ相対性理論や資本論についてわかりやすく書かれていても、結局は難しいのだろう。

となれば、そもそもテーマ自体にわかりやすい文書に関する限界があるのかもしれない。

相対性理論や資本論をわかりやすく書けるのであれば、それは相対性理論と資本論を発見するに匹敵する技術であろう。

 

わかりやすく説明する作業は、AIが得意なのかもしれない。

しかし、AIが得意な作業をAIに任せていると、自分では何もできなくなってしまうのではないかと思ってしまう。

 

自分でできて、時間があるならば、AIではなく自分で行う。

これがAIの正しい活用方法なのかもしれない。

 

なんの話をしているのだろう。

 

脱線ついでに、最近趣味がなくなってきた。

趣味がないと、普段の生活に張り合いがない。

なんでもいいから趣味を探そうと思う。

 

これまで、実益やコスパを考えて趣味を選んできたが、どれも続かなかった。

そのため、コスト度外視の趣味を探そうと思う。

今考えているのは、英語や楽器である。

しかし、どちらも成長が実感しにくそうであり、続かないような気がする。

 

ところで、趣味がなくなり、生活に張り合いがなくなると、自信も落ちてしまう気がする。

これは大変由々しき自体である。

自身がなくなると、ネガティブな発言が増え、周りから人が離れていく。

結局、一人でできる趣味しか残らない。

とまでは言わないが、そろそろ本格的に趣味を探そうと思う。

 

あまりまとまりのない文になったが、明日以降、今日の文に肉付けし、推敲するとどこまで文書が良くなるかを検証してみようと思う。