文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

雪について〜都市部と地方の雪の違い〜

〜人間に時計が必要なのは、各々の時間の流れが絶対的ではないからである〜

 

今日は筋トレに行けなかった。

というのも、腰が痛かったからである。

まあ、振りかぶってまで言う事ではないが、腰痛のたびに老いを感じる。

 

休みの日は色々読書をしているが、時間があっという間に過ぎてしまうので、困ってしまう。

 

そんな中で、今日は大学ラグビーの決勝戦を見ていた。もちろんテレビで。

東京で行われていたのだが、かなり雪が降っていた。

 

 

ということで、今日のテーマは「雪」である。

 

 

まず初めに、東京における雪と雪国における雪は、全く別物である。

 

 

東京における雪は、雪というよりも氷である。

道路が通れなくなるほど雪が積もることはないし、何日にもわたって雪が降り続けることもない。

しかし、一度踏み固められた雪は、周りの建物が高いために、地面に陽が届かず、解けないのである。

土地が余っていないため、固まる前の雪をどかす場所もない。

また、東京は坂道が多いため、転倒のリスクが極めて高くなるのである。

 

 

雪国における雪は、いわゆる雪である。

朝には雪かきが必要となるし、交通機関は大幅に麻痺する。

道路は雪道となり、細い道は狭くなったり、通れなくなったりする。

歩く時には、長靴が必要となる。

ちなみに、乾燥している雪はそこまで滑らないため、そこまで転倒しないし、転倒したとしても、雪がクッションとなるため、大きな怪我には繋がりにくい。

自動車を運転するときも、そこまで滑らないが、視界が悪くなったり、どこまでが道路かわからなくなるため、ある程度気をつける必要はある。

雪の日は、何日も続き、そもそも青空が冬に広がることは、極めて稀である。

その意味で、自動車を運転するときの雪のリスクは、路面と同じくらい、視界不良が大きい。

ちなみに、屋外スポーツのプロを目指すには、極めて厳しい環境であるように感じる。

 

ではどちらの方が厄介か?

私は雪国に慣れているため、東京の雪の方が厄介に思える。

東京1年目の冬には、「たった5センチの積雪で慌ただしくなるとは、東京の人はなんと弱い人たちなんだろう」と思っていたが、弱いのは東京という町であった。

バッキバキに凍った東京の坂道はもう二度と歩きたくない。

 

ちなみに、関西にいるときには、雪が積もることがなかった。

その意味で、関西は極めて過ごしやすかった。

しかし、寒さでいえば、関西の乾燥した空気は痛いように感じた。

 

 

では、雪が降るメリットはなんであろうか?

例えば、ウィンタースポーツを好む人にとっては、絶好の環境かも知れない。

私は数回スキーに行ったが、特に楽しさを味わうことはなかった。

 

あるいは、雪が降るという風情があるかも知れない。

年々薄れてきてはいるが、やはりその年の初めての雪は少しワクワクする。

深夜に雪が深々と降っているときには、世界から音がなくなったような気持ちになり、極めて凛とする。

真冬に雪国に来た際には、深夜に降る雪の音を是非とも聴いていただきたい。

 

 

と、色々ここまで書いてきて思ったが、そこまで雪のメリットもデメリットを感じない。

しかし、関西に住んでいるときに思ったことだが、雪が降るということは、とんでもなく面倒臭いことであるはずである。

そんな雪に対して、なんとも思わなくなるというのは、人間の順応性が優れていると言わざるを得ない。

もしくは、小さい頃からの英才教育で、私自身に雪に対する耐性がついているのかも知れない。