文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

島流しについて〜離島への憧れ〜

〜自分の考えを持つ最も簡単な方法は、目の前の考えを否定することである〜

 

 

今日は、休みであった。

朝6時に目が覚めて、すぐに眠った。

7時に目が覚めて、ジムに行ってきた。

朝ジム達成である。

その後、6キロ歩いて、800m走った。

シャワーを浴びて、無難に病院に行ってきた。

病院から帰ると、軽く本を読んだ。

15時過ぎに、再度10キロ歩いて、800m走った。

風呂に入って、今に至る。

 

今日は朝ジムというそこそこの高いハードルをクリアできた。

明日の目標は、2日連続朝ジムと、10kmウォーキングである。

 

 

 

今日のテーマは「島流し」である。

 

 

このテーマにした理由は、昼過ぎに「高瀬舟森鴎外著)」を読んだからである。

 

 

今の人たちに、島流しという概念が通用するのだろうか?

とは言え、わたしが生まれた時にも、すでに島流しという刑罰は無かった。

よくわたしがする考えなのだが、「島流し」は今でいう何に当たるのか?

 

 

島流し」は明治41年まで日本に存在していたらしい。

意外と最近まであったのだという印象である。

 

佐渡島壱岐をはじめ、八丈島にも流されたらしい。

 

今であれば完全にリゾート地である。

 

ちなみに、島流し先では強制労働をさせられる場合や、自由に暮らす場合もあったらしい。

 

なぜ島流しがなくなったのか?

それは、交通網と情報網の発達が影響しているように思う。

今の時代、1日あればほとんどの離島に行けると思う。

推測であるが、インターネットも通じるのだろう。

電話もできるし、SNSもできる。

例え島に流されたとしても、翌日あたりに戻ってこればよい。

そう考えると、都会の人にとって島流しとは、言い換えれば「バカンス」であろう。

もっとも、「バカンス」も死語かもしれない。

「死語」という言葉も、ポリコレにより消滅するのかもしれない。

 

 

少し話は逸れるが、わたしは全てが嫌になった時に、離島に生まれていたらと妄想することがある。

いろんな離島があるが、個人的なお薦めを挙げておく。

ちなみに、わたしは離島に行ったことがない。

理由は魚が食べられないからである。

あくまで妄想するだけである。

 

八丈島(人口:約7,000人)

東京から45分で行けるらしい。

行ってみたい理由は、完全に名探偵コナンの影響である。

ホエールウォッチングに興味はないが、海辺でぼーっとしていたい。

近くにある八丈小島は映画「バトルロワイアル」で使用されたそうなので、遠くから見てみたい。

 

石垣島(人口:約50,000人)

田舎の風景が、空の青と海の青に映えている。

とはいえ、わたしの生まれた村よりも都会である。

星がものすごく綺麗らしい。

魚釣りに興味はないが、海辺でぼーっとしていたい。

 

多良間島(たらまじま、人口:約1,200人)

沖縄県宮古島石垣島の間にある島。

自然あふれる島の全景に似つかわしくない、イカツイ滑走路が魅力的。

離島好きと滑走路好きの両方の属性を持っている人にはうってつけの島。

ビルゲイツとジョントラボルタが一緒に住むなら、多良間島かもしれない。

余談であるが、わたしは「自分で島を作るなら、こんなふうにしたい」と妄想していた時期がある。

その島とほとんど一致していたのが多良間島である。

妄想していた時期としては、ポケットモンスタールビーサファイアで「みなみのことう」に行ったあたりだろうか?

「きおく かすみし ものは こころに きざみつける ことを のぞむ・・・・」という看板を読んだ。

単にレポートを書けということであったが、当時はよくわからず色々思い巡らせていた。

結果、今でもこころに刻まれている。

初めて多良間島を見つけたときは、かなり興奮した。

海がとても綺麗であるが、島内をウォーキングしたい。

 

 

 

かなり話は逸れたが、元に戻そう。

今の交通網と情報網が無かったらどうであろうか?

もちろん、元々住んでいた所の人と連絡は取れない。

それどころか、流された島の人の方言を理解できない可能性もある。

今まで食べたことがない料理を食べなくてはならないだろう。

そう考えると、島流しとは文化も言葉も全く違うところに国外追放される感じであろうか?

 

 

ちなみに高瀬舟で、主人公は大阪へ流されている。

源頼朝は伊豆へ流されている。

どちらもそんなに遠くない印象があるが、それでも十分な罰になり得たのだろう。

やはり、島流しというのは今の我々には想像できないタイプの罰である。

正直なところ、タイムマシンがあれば、島流しの大変さを覗いてみたい。

 

そう考えると、遣隋使や弘法大師はどうやって日本海を乗り越え、そして元の場所に帰ってこられたのかが気になってくる。

どうやって、相手とコミュニケーションをとっていたのかも気になる。

どうやら遠くへ行くことと、島流しになることは別物のようだ。

 

当初予定していた、「島流しとは無期懲役のようなものなのかもしれない」という仮定は少し崩れたような気がする。

「社会的な地位も財産も人間関係も全て奪うが、命だけは残してやるから、流された先で新しい人間として生まれ変わりなさい」ということなのかもしれない。

こうなると、今の社会人にとって「島流し」は、やはり魅力的なものになってしまうかもしれない。

 

 

島流しについてはこんなところだろう。

他にも島流しについて考えるべきことはあるかもしれないが、それはいずれ島に流された時にでも考えようと思う。

 

 

無人島に一つだけ何かを持って行けるとしたら?」という問いがある。

周りの人は、わたしが何をしたのかを教えてくれない。

自分でも、自分が何をしたのかはわからない。

しかし、わたしは無人島に行くことになったのだ。

「罪の意識」だけは持っていこうと思う。