文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

演出について〜盛り上げるべきものとそうでないもの〜

死に至る病が絶望であれば、絶望に至る病は希望であろう〜

 

ようやく帰宅できた。

月曜日はどうしてこんなにも忙しいのだろう。

月曜日が終われば、心理的には週の半分を終わったようなものである。

ジムには行けなかったが、明日は行けるといいな。

 

 

今日のテーマは「演出」である。

 

 

このテーマにした理由は、休憩時間にホラーゲームの実況を見たからである。

 

 

私はホラー系が苦手である。

それは怖いからではない。

ホラー系については持論がある。

ホラー系にはストーリー性がないものが多いのではないかと言うものである。

もっとも、ここ数年はホラー系の小説をしていないし、ゲームもしていない。

そのため、今のホラー系は進歩して言うのかもしれない。

今度ホラーを読んでみようと思う。

 

私見であるが、ホラーとはストーリー性はそこそこに、演出が極めて重要になると思う。

ここで演出とは、受け手を怖がらせるタイミングも含まれていると考える。

ちなみに、「氷菓」と言う作品の中で、ミステリーとは謎解きだけではなく、ホラーも含まれていると言うような記載があったように思う(うろ覚えであり、確かかどうかは分からない)。

その意味で、謎解きとホラーの違いは伏線回収に重きを置くか、演出に重きを置くかなのではないかと考える。

 

スポーツも演出は重要であろう。

アメリカのスポーツは、ショーの様相が強まると思う。

個人的に演出が重要だと思った競技は、フェンシングである。

昼間に体育館で行われるフェンシングは地味な気がする。

しかし、オリンピックなどのような、全体が暗くなる演出は実にかっこいいと思う。

ちなみに、私が今ハマっている麻雀のMリーグもフェンシングのような演出がなされている。

 

アニメにおいても演出は重要であろう。

ドラマにおいても言えるのだが、これらの作品は劇的なものでなければならない。

ちなみに、ここにおける演出には、BGMも含まれる(アニメの良し悪しの40%くらいは楽曲によるのではないかと勝手に思っている)。

現実世界では味わえないような感情を、物語で体験できるのは大きいのだろう。

そう考えると、アニメやドラマにおいては、世界観が重要になると考えるのだが、これも演出の一つであろう。

今後どうなるか分からないが、俳優にビジュアルが優れている方が多いのは、物語を美しくかつ劇的に演出するためであろう。

 

小説はどうなのであろうか?

これまた私見であるが、小説になるとアニメやドラマに比べて演出感が邪魔になることがある。

まわりくどくない表現が必要になるような気がする。

この考えでいけば、ライトノベルと普通の小説の違いは、演出の方法ではないかと思う。

少し話はずれるが、読み物に関しては演出が必要であると思うが、教科書には演出が入らないように感じる。

 

最後に、ニュースやドキュメントである。

これは非常に難しい。

個人的にはニュースについては、演出はいらないように感じる。

一方でドキュメントはどうであろうか?

もちろんニュースもそうなのであるが、ドキュメントは興味や関心を持ってもらうことがもっとも重要である。

そう考えると、味気ない物語よりも、劇的な物語の方が目を引くだろう。

 

今日は少し演出の定義があやふやだったように思う。

よって、このテーマは再考の余地があるだろう。

このブログで、もっとも足りていないのは描写をはじめとした表現力であるが、それもまた演出なのだろう。