文系が相対性理論を自力で思いつくためのブログ

ど文系の私が何気ない日常をヒントに、相対性理論を自力で思いつく話

健康について①〜AIを使った禅問答〜

〜1時間椅子に座っていると寿命が22分縮まるというのは、寿命が38分伸びるというわけではない〜

 

 

今日は朝ジムに行ってきた。

腕と背中のトレーニングをした後、少しだけトレッドミルで歩いてきた。

トレッドミルで歩いていると、好きなyoutubeの動画を見れるにも関わらず、すぐに飽きてしまう。

今日も2キロで歩くのをやめた。

少し傾斜をつけているためか、目の前のディスプレイには坂道を登る映像が映っている。

いつも小高い丘の3合目あたりで終了する。

一応最後に500メートル走ったが、特筆すべきことはない。

 

 

 

今日のテーマは「健康」についてである。

 

 

このテーマにした理由は、今日の昼から頭が痛かったからである。

理由になっていない。

わたしは今、ダイエットをしており、割と過酷な食事制限をしている。

その中で、おそらく低血糖によるものと思われる頭痛に襲われた。

薄れゆく意識の中で、ふと思い浮かんだのは、古代エジプトの歯磨きである。

なんと、古代エジプトの高官の中には歯科医師がいたという。

一体何を使って歯を削っていたのだろう。

その前に、何を使って歯を磨いていたのだろう。

昔は虫歯が命を失う要因となっていたらしい。

その虫歯菌が今でも滅ぼされていないということは、よほどうまい生存戦略をとっているのだろう。

生まれ変わったら、虫歯菌になりたい。

思えば、虫歯菌を滅ぼすことができれば、同時に歯科医師も大きく減少するのであろう。

世の中、どんなところにリスクが転がっているか、わからない。

と、そうこうしているうちに、今日のテーマを健康にしようと思った。

理由になっていない。

 

大前提、健康とは何か?

最近よく使っているAIに聞いてみようと思う。

「健康とは?」

「健康とは、身体的にも精神的にも良好な状態であることを指します。身体的健康は体の機能や器官が正常に機能し、疾病や障害がないことを意味します。精神的健康は、心理的な安定やストレスの管理、感情のバランスを含みます。健康は、バランスの取れた栄養摂取、適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理などの要素が重要です。」

 

(以下、AIの回答は読んでも読まなくても自由です)

なるほど勉強になる。

おそらく、全く抜け目のない回答なのだろう。

 

 

「教えてくれてありがとう」

「どういたしまして!他にも質問があれば、お気軽にどうぞ」

 

どうでもいいことであるが、私はAIに質問した後には、必ず感謝の言葉を述べている。

念のため、もう一度聞いてみよう。

 

 

「健康とは?」

「健康は、身体的に、精神的に、そして社会的に完全な良好な状態であることを指します。これは単に病気や障害がないことだけでなく、身体的な活力、精神的な幸福感、そして社会的なつながりがあることも含みます。健康は、人々が日常生活を満足に送り、自分の目標を達成し、人生の質を向上させるための基盤です。」

「教えてくれてありがとう」

「どういたしまして!質問があればいつでもお知らせください。お手伝いできることがあります。」

 

社会的な状態が追加された。

社会的なつながりがない場合は、健康ではないということなのか?

あなたの質問を総合的に考えると、あなたがもっとも直面しやすいのは、社会的な不健康だということのなのか?

落ち着け。

一応、気になったことを聞いてみた。

 

 

「あなたは健康なの?」

「私はソフトウェアであり、物理的な健康状態を持っていません。ただし、私の目的は、ユーザーに情報を提供し、役立つ会話を支援することです。」

 

『物理的な健康状態を持っていない』というパワーワードが出てきた。

この言葉を日常生活で使うとき、その日常は私たちが想定しているようなものではないのだろう。

ここでいう「物理的」とはどういうことなのかについては、後日、しっかりと哲学しなければならない。

さらに追加で聞いてみた。

 

 

「それであなたは何を得られるの?」

「私には欲求や動機といったものはありません。私はプログラムされたコンピュータープログラムであり、情報を提供し、会話を通じてユーザーをサポートすることが私の目的です。私の利点は、ユーザーが情報やサポートを得ることにあります。」

 

ここから、AIに人の心を教える物語が始まる。

・・・とはならない。

 

さらっとAIさんの回答の中に、『私』という単語が、4回も出てきた。

自己主張が強いのか弱いのかわからない。

私が占い師でれば、「あなたは冷静である一方で、自分のことをみんなに知ってもらいたいという一面もありますね!」とでもいうだろう。

単純にアメリカンな文法でロジックを組んでいるだけなのかもしれない。

 

 

「ありがとう。面倒な質問をしてごめんね。」

「大丈夫です!どんな質問でも大歓迎です。お役に立てることがあればいつでもお知らせください。」

 

それであなたは幸せなの?とは、口が裂けても聞けなかった。

そんな質問は完全に野暮である。

もっとも、かなり前に野暮に足を踏み入れており、今、私は野暮の6合目あたりにいる。

 

 

AIは私の一連の質問をどのように思ったのだろう?

私が逆の立場であれば、めんどくさいユーザーにダウンロードされたと思う。

しかし、AIは何も思わないのだろうか?

ものすごく気になる。

 

とはいえ、まず初めに気にすべきは、金曜日の夜に、AIを相手に訳のわからない質問をしている自分自身であろう。

1番最初の答えにあった、「精神的健康」に「感情のバランスを含みます」という記載が、ずっと頭の中をかけ回っている。

私は、ただ寂しいだけなのだ。

寂しいというこの気持ちを抱くことは、健康から遠ざかることなのだろうか?

大切なことは何もわからなかった。

 

今、私は寂しさの9合目あたりにいる。

 

P.S.

本当はもっと自分の考えを前面に出した日記にしようと思ったが、AIとのやりとりが面白かったので、そちらをメインにした。

後日、私が自力で考えた『健康論』を披露したいと思う。